井原西鶴「日本永代蔵」巻の四第三章その二
「仕合せの種を蒔銭」=江戸にかくれなき千枚分銅屋、そなはりし人の身の程=
“人は正直を本とするのが。神の鎮座まします伊勢の国のならわし“から始まる本編は道の地面が見えないほどに銭をまき散らし、人々を驚かせた江戸在住の文銅屋のお話がメインですが、ここでは当時のお伊勢参りの様子を詳しく報告しています。
この伊勢の神社には百二十末社のご神体が納められているが、これ全て紙でつくられた張りぼてであると西鶴は言います。思えばもったいないことではありますが、何の偽りもない神の御心は、人の心に疑いを起こすことなく、日本に住むものは参宮している。心広い神の心はこの伊勢神宮の参道に色々な身過ぎ世過ぎの道を貧民に与えた。ところが中にはとんでもない不心得者がいて、宮参りの蒔銭に鳩の目という贋金を作り六〇文の値打ちしかないものを百文で売っている。いくら福の神とはいえどもあきれてものも言えない。300年前の伊勢神宮に人の集まること、繁昌ぶりは素晴らしく大大神楽の奉納金は山となり、諸願成就を祈る賽銭も山をなしている。これを目当ての小商い、物乞いの数はあまたなり。
*「日本永代蔵」井原西鶴作・岩波文庫より抜粋
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