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茶の十徳も一度に皆 (shiba7編集室)

日本永代蔵 巻四 「茶のの十徳も一度に皆」(岩波文庫)より

お客様は神さまだ、顧客満足の健康志向のと言っている割にはお客様がだまされる事件が相次ぎます。牛肉コロッケ偽造事件というのも日常的な食べ物のことだけに気になりました。

石川五右衛門辞世の句といわれる、「浜の真砂は尽きるとも、世に盗人のたねはつきまじ」というのがありますが、本当に詐欺人のたねもつきません。

西鶴先生が取材した三百年以上前の越前、鶴賀の港は当時大層にぎわった土地柄です。この町はずれに住んでいた小橋の利助という男は、商才に長け荷い茶屋という商いで元手を稼ぎ、煎茶の店を手広くはじめて、多くの手代を抱える大問屋となった。成功に機嫌を良くした利助は一万両の身代になるまではもったいないの精神で嫁もとらず、独身を通すという無理な生活を送っていた。

そのうち、よせばいいのに越中や越後に手代を差し向けて、捨ててしまう茶の煮殻を買い集めさせた。これを飲み茶にまぜてこっそり売り出し大もうけ。一時はもうけたものの、どうしたことか利助は急に気が狂って、「茶殻、茶殻」とわが身の秘密をしゃべりまくって狂い死にした。

銭の亡者の死に際は、それはそれはすさまじいもので、息も絶えようとした時内倉の現金を寝床の前後に並べてかじりついたそうな。「おれが死んだらこの金はだれの物になるのだろう。思えば惜しい、悲しい」と鬼のような顔。

今の世の中も、盗み、詐欺、殺人と新聞の社会面を見るのもいやな事になっているものの、犯人の末は拘留、監獄、自殺と最後は無残です。自己破産で逃げ切ろうとしても、なかなか世間は許さないでしょう。

西鶴先生いわく、「何事も身についてしまうと、どんな悪事でも自分ではそれと分からなくなってしまうものだ。そうなっては残念なことなので、人間ならば世間並みの世渡りをするべきである」とのことです。

 

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