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才覚を笠に着る大黒    shiba7編集室 柴原 

JR品川駅におりるたび、なぜ品川駅が品川区ではなく港区にあるのか不思議に思います。港南口の再開発で林立する高層ビル、新幹線も停まりますし、面目一新、区の表玄関といってもよいでしょう。で、ふと思い出すのが、「才覚を笠に着る大黒」(巻2-3)のお話。 

京都の大富豪、大黒屋の長男、新六が道楽の果てに親から勘当され、さらに親仁の怒りが恐ろしく都落ち、江戸へと下り、途中多少の悪さをしで銭二貫三百文を貯え、品川は東海寺の門前にたどり着く。ここで一夜を明かそうとしたところ、門の側にコモを被った乞食が大勢寝ていた。新六もそのそばに仕方なく横になります。

当時の東海寺は海に近く、潮騒の音が耳について眠れません。そのうち近くにいる三人の乞食の身の上ばなしが聞こえてきます。聞くとはなしに聞いているとそれぞれが元々は良家の出身、身の持ち崩し方にも何やら共感し思わずその話の中に割って入ります。

「私も京都のものだが,親に勘当されてお江戸を頼みに下ってきました。しかし、皆さんのお話を聞いているうちに心細くなってきた」と恥を包まず身の上を打ち明けると、三人そろって異口同音に「詫びを入れるか、親類に頼んで何とかして江戸へは下らなければよかったのに」という。「いやいや、今更帰らぬ昔のこと。それよりこれから先の思案が肝心と思います。それにしても皆さん方のように利口そうでありながら、こうまで落ちぶれるとは不思議でならない。どんな仕事を選んだって、商売になるだろうに」というと、「どうして、どうしてこの広い御城下、日本中の賢い人の寄り合い所帯だから、三文の銭でもそうたやすくは儲けさせてくれません。銭が銭を儲ける世の中でございますよ」といった。

「それはともかく、皆さんが久しく世間を見ているうちに、何か新しい商売があることに気づかれませんか」とたずねると、「そうですなあ、捨てられる貝殻を拾って焼き石灰にして売るか、せわしいお江戸のことですから、刻み昆布か花鰹を削って計り売りするか、または一反続きの木綿を買って、手ぬぐいの切り売りをするか、手軽な商売はこんなことくらいでしょう」と言われて知恵がつき、明け方別れ際に三人に銭三百文を渡すとひどく喜んで、口をそろえて、「いやいや、ご運が開けて、すぐに富士山ほどの金持ちになりますよ」と機嫌良く見送られた。

新六はその足で、伝馬町の木綿問屋に知り合いがあったのを幸い訪ねて行き今度の事情を話したところ同情してくれた。「男の働いてみるところは江戸ですよ、一稼ぎしてみなさい」と励まされた。そこで目星をつけた木綿を買い込み、手ぬぐいの切り売りをすることにした。天神の縁日の3月25日を選び、はじめて下谷の天神の手水鉢のそばで売り出したところが、参詣の人が縁起を担いで買ってくれた。おかげで、一日で思わぬ利益を得た。それから毎日工夫して十年たたないうちに五千両(今だと約十億円)の金持ちと評判になり、土地で一番の才覚ものといわれ、信望を集めて所の人の宝ともなる。商標は、暖簾に菅笠をかぶった大黒を染めたので、世間では笠大黒屋といった。

新六の出世物語のポイントは、やはりその行動力にあります。世の中のがけっぷちにあることは共通ながら、東海寺に居た3人組とその後の人生を分けたのは、陳腐ともいえる新商売のアイデアをすぐに実行に移したこと。もっとも3人組のその後の展開についての記述はありませんから、どうなったのかは分かりませんが、やはり聞きかじった知識はあっても、知恵と勇気が伴わないと即実行とはいきません。その点新六の、思い立ったら即実行という思いきりの良さがその後の人生を決めたといえるでしょう。チャンスは掴みにかかるものの前に現れるものかもしれません。

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